電線絵画展 -練馬区美術館
企画展の面白いところは、特定のテーマに沿った見方を提示してくれるので、私のような素人にも絵の見方をわかりやすく教えてくれるところだ。
絵はただの風景の私でも写真の代わりでもなく、作家により再構築された世界である。
それは色彩に限らず構図もそうだし、時に描き出される対象そのものにもその作家の価値観が映し出される。
何気なく観ていると、ただの綺麗なものなんだけど、実はいろんなものが含まれているわけだ。
もちろんただ綺麗なものとしてみることも楽しいんだけどね。
電線絵画展
さて、練馬区美術館で開催されているのが『電線絵画展』。
電線の描かれた絵を紹介しつつ、日本の、主に東京の近代化を映し出した絵画を紹介している。
【企画展概要】
街に縦横無尽に走る電線は美的景観を損ねるものと忌み嫌われ、誰しもが地中化されスッキリと見通しのよい青空広がる街並みに憧れを抱くことは否めません。(略)
この展覧会は明治初期から現代に至るまでの電線、電柱が果たした役割と各時代ごとに絵画化された作品の意図を検証し、読み解いていこうとするものです。(略)
電線、電柱を通して、近代都市・東京を新たな視点で見つめなおします。
出典:「電線絵画展-小林清親から山口晃まで-」 | 展覧会 | 練馬区立美術館
【開催期間】
2021.02.28(日)~ 2021.04.18(日)
展示される作家は、小林清親、月岡芳年、河鍋暁斎、岸田劉生に川瀬巴水、伊藤深水、吉田博ほか、日本の作家の作品が広く紹介されている。
錦絵が多いが、油彩、水彩画、版画など多岐に渡っている。
個人的見どころ
今では当たり前にある電柱、その始まりから普及、街の当然の景観になっていく中で、今では撤去するべきと言われるような存在になってしまっているが、絵画を通して当時の活気や変化の変遷が観て取れるのが非常に面白い。
特にこの電線の張り巡らされた景色は、いかにも日本的と言われる代表的な景観の一つでもあるし、ある時代を表現する一つのオブジェクトとしても使われているだろう。
1854年が、日本で初めて電信柱が立った年だそうだ。
その後どんどん電信柱が増えるに従って近代化していく様と、震災などの影響でそれらが瓦解していく様も描かれて、写真のない時代のドキュメントになっているわけである。
こういう機能も絵画にはあるから、背景だったり文脈だったりを知ることで面白味がますよね。
絵画に限らず芸術というのはそういうものである。
感想的な話
日本で初めての電線絵画は、電信柱が立った際に警備を任された、絵に心得のあったという樋畑翁助という武士がスケッチしたものだそうだ。
1854年のことだそうだが、すでに遠近法も踏まえたような精緻な風景画はそれだけでもほうと思ったものだ。
どんな技術でもそうだが、当初はやはり軍事的な側面で、いち早く情報を伝えるための仕組みとして導入されたものだった。
そのため、電信柱と呼ぶわけだ。
この電信技術と同時に郵便サービスも出てきたため、絵画においても同列に描かれる物も多かったらしい。
電線上で郵便物を運ぶ天狗がぶつかるというユーモラスな絵である。
そのほか、商店のチラシに郵便料金を載せることで手元に置いてもらう工夫をするチラシが登場するなど、本筋とは関係ないが、私は長らく広告業をやっていることもあるのでこうした工夫というのはつい面白がってしまう。
その後家庭や街灯などの送電に生かされるようになるのは87年頃からだとか。
私が子供の頃はまだ電信柱と読んでいた記憶があるが、正式には電力柱だそうな。
そうして電燈が登場し始めた時は、太陽と月の明かりの次に明るい、遠くまで届くよ、なんて言われていたそうだ。
初めはやはり銀座や浅草、吉原などの栄えた街から導入され始めたそうですね。
小林清親「浅草蔵前夏夜」
電燈の明るさを示すためにカラーと白黒を色分けするあたりが絵心という物だろう。
そうして新しい技術が普及していく中では必ず事故が起こるものだが、帝国議事堂で漏電による家事が発生し、消失してしまうほどになったそうだ。
すると、電気といふは危険なりけり、とか言って解約が相次いだとか。
時代が変わっても、いわゆる民衆と呼ばれる人たちの態度は変わらない、という証左といえるだろう。
その後どんどん普及して行ったのだけど、半世紀立とうとする1895年頃には「電線って景観乱してね?」という論調が早々に生まれていたらしいね。
一方で近代化の象徴として積極的に描いていく人もいるわけだから、保守と革新はいつでもどこでも何かで拮抗しているのかもしれない。
こちらの絵は青を基調に印象派的なタッチで描かれているが、非常に綺麗な絵だなと感じる。
夕暮れ、明け方の風景っていいですよね。
後半の展示では、生まれた時から電線の風景画当たり前だった画家たちの絵も登場するのだけど、あえて描く人とあえて描かない人と、それぞれの価値観も反映し始めるのも興味深い。
このあたりは、言われなければなかなか気がつかない類かもしれない。
特定テーマで区切る企画展の面白さというのはこういうところだろう。
電線と音楽
さて、こんな電線絵画展で紹介するのは、アメリカ、シカゴのバンド、Tortoiseである。
ポストロックと呼ばれた音楽の代表的なバンドだが、彼らの影響は音楽性もさることながら、音楽の制作工程である。
今では当たり前になった、録音した音をエディットして作るやり方、プロツールというソフトを本格的に使い始めたという人たちである。
時は90年台だが、当時の最先端であったと言える。
そんな彼らの2009年リリースのアルバム『Beacons Of Ancestorship』のジャケットは電線で切り取られた空である。
音楽自体は落ち着きのある大人なロックだ。
近代的な空気も感じるインストミュージックなので、ぜひ観覧のBGMにでもしてもらえたら幸いである。
TORTOISE - HIGH CLASS SLIM CASE FLOATIN' IN - LIVE
ちなみに、この展覧会ではデンセンマン音頭のレコードも展示されている。
まとめ
全体的に派手さや鮮やかさよりも、静かなノスタルジーを感じるような構成だが、この静かな感じは日本の絵のいいところだと思っている。
静かと言いながらも、絵の中の人たちはとても賑やかで表情も豊かだし、時代の変化に心躍る様も観て取れるからとても面白い。
正味1時間かかるかかからないかくらいのボリュームで、解説も丁寧でポイントをしっかりと抑えているので、飽きずに最後まで楽しめるのもいいところだ。
大規模展覧会だと疲れてしまうからね。
正直期待していた以上に楽しめたので、図録も買ってしまった。
絵画好きだけでなく、歴史好きにもおすすめの展覧会である。