美術館巡りと音楽と

主に東京近辺の美術館、企画展巡りの徒然を。できればそこに添える音楽を。

速水御舟と吉田善彦―師弟による超絶技巧の競演―

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下書きのままなかなか進めなかったため終わってしまったが、とりあえず載せておこう。

 

なんでもそうだと思うが、凡そ表現と呼ばれるものについてはそのアウトプットが第一義なのは言わずもがなではあるが、作家の精神性というものも結構大事と言うか、それによって同じ表現が違う解釈を生むことであったり、見え方が変わったりということが起こるのが面白いところである。

 

私は昔から音楽が好きで、洋楽もよく聞くがいかんせん英語が堪能では無いので和訳を読んだり、あるいはアーティストのインタビューを読んだらしてその解釈を補完するわけだが、そうするとこの作品から受けるこの感じってこういうところから来ているのかしら、というのが見えてくる。

 

例えばNine Inch Nailsというアメリカのバンドは、歌詞は暗いし音も重たいし、パッと聴いたところでは陰鬱とした音楽であるが、しかしよくよく聴いてみるととてもポップだったり、特にライブではとてもアグレッシブだったりするのだけど、彼のバックグラウンドなんを知るとなるほどと思うのである。

 

ちなみに、かつてはヤク中でヤバかったが、今では映画音楽のスコアラーとしてすっかり有名だ。

 

しかも子沢山。

 

ともあれ、そうしたアーティストの内面もやっぱり興味の対象ではあるわけだ。

 

人間だもの。

 

 

さて、作品そのものの魅力はもちろんだけど、他方でその精神性でグッときたのが速水御舟だ。

 

デビュー当時からその技術力で多方面で絶賛さて、期待された存在だったようで、その期待に違わず素晴らしい作品を多く残しながら、40歳という若さでこの世を去ってしまった短命の画家である。

 

日本画家の多くは80以上とか100歳とかまで生きるくらい長生きだと言われている中で、圧倒的に短命であったわけだが、その画業は幅広く、作風も次々と変えながら独自の技法も確立して、着実な足跡を残した。

 

私がよくいく美術館が山種美術館という恵比寿にある日本画専門の美術館だが、そこで開かれた企画展がきっかけだった。

 

彼の残した言葉も作品紹介と合わせて紹介されていたが、こんな言葉がズバッと突き刺さってきた。

 

『梯子(はしご)の頂上に登る勇気は貴(とうと)い。さらにそこから降りて来て再び登り返す勇気は更に貴い』

 

彼の、つねに新しい画風、技術に挑戦し続けた彼の画業それ自体をまさに 体現していると言っていいだろう。

 

おお!とその瞬間痺れたね。

 

そんな彼の回顧展と、彼の弟子であった人の企画展が今回である。

 

速水御舟と吉田善彦―師弟による超絶技巧の競演―

【開催概要】

(略)当館のコレクションの「顔」ともいえる日本画家・速水御舟(1894-1935)と、その弟子の吉田善彦(1912-2001)に焦点をあて、彼らが生み出した超絶技巧による作品をご紹介する特別展を開催いたします。

御舟は、横山大観小林古径らから評価を受け、23歳の若さで日本美術院(院展)同人に推挙されます。「梯子の頂上に登る勇気は貴い、更にそこから降りて来て、再び登り返す勇気を持つ者は更に貴い」という本人の言葉どおり、古典を基礎に次々と新たな作風や技法に挑み、40歳で早世するまで日本画壇に新風を吹き込み続けました。

一方の善彦は、17歳で姻戚関係の御舟に弟子入りし、写生や古画の模写、作画姿勢などを学びます。また、戦中・戦後には、法隆寺金堂壁画の模写事業にも参加しました。(中略)

本展において、御舟の作品では、近年の調査で西洋の顔料を使っていた事実が判明した《和蘭陀菊図》をはじめ、金砂子を地一面に使う「撒きつぶし」を用いた《名樹散椿》【重要文化財】、本人曰く「二度と出せない」色で表した《炎舞》【重要文化財】など、また善彦の作品では、「吉田様式」を初めて用いた《桂垣》や、この技法を熟達させた《大仏殿春雪》☆、《春雪妙義》などを展示し、二人の代表作をはじめとする優品をご紹介します

御舟と善彦は、ともに伝統的な技法を土台に精緻で独創的なアレンジを加えて、それぞれ唯一無二の画風を確立した画家です。本展を通じ、御舟と善彦の師弟が追求した超絶技巧の世界をご覧ください。

【開催期間】

    2021年9月9日(木)~11月7日(日)

出典:

【開館55周年記念特別展】 速水御舟と吉田善彦 ―師弟による超絶技巧の競演― - 山種美術館

 

これまでも何度か御舟の絵は見ているし、画集も買ったけど、その弟子も含めた企画展というのは初めてだ。

 

この吉田さんという人も始めましてなので、どんな影響を残したんだろうかというのも面白そうなポイントだ。

 

そして何より重要文化財にもなっている”炎舞”も改めて展示される。

 

また改めて見る中でどんな発見があるかも楽しみなポイントだ。

 

 

個人的みどころ

まずは速水御舟、なんといっても重要文化財にして1番の作品はこちらだろう。

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速水御舟「炎舞」

私の待ち受けはこの絵なのだけど、こちらは画像と本物では見え方がまるで違う。

 

もっと言うと、展示環境によっても見え方が変わる。

 

私が最初に見た時には明るい中で他の絵と同様に展示されていたので、ほうとは思ったがそこまでインパクトを覚えたかと言えばそうでもなかった。

 

まぁ、他に見たいのがあったのでその時はそんなに一生懸命観てなかったんだけど。

 

しかし、最近は暗い展示室で、照明もピンスポット的に当てているので、非常に際立って見えるのだ。

 

まさに暗闇に煌々と燃える様を感じかれるので、この展示方法が正解だよね。

 

で、肝心の描き方だが、形の無い炎の描き方は時代や場所によっても変わるようだが、例えば仏教絵画では雲が渦巻いたような描き方がよく見かけるのだが、この炎舞も初見ではそれに倣ったような印象を受けたのだけど、じっくり観ていると全然違くて、

恐らく洋の東西を問わず最も炎を写実的に描いた作品ではないかと思えるのだ。

 

御舟自身、この絵を描く際には焚き火を焚いてひたすら観察した果てに完成させたと言われているが、たしかに炎ってこういう動きだよねと思う。

 

そしてそこに寄ってくる蛾が逆に浮世離れして感じられ、また周辺には薄く明かりがオーラのようにまとわりついていて、その描き方も見事である。

 

パチパチと薪を燃やす音も聞こえてきそうな不思議な静寂を生んでいる。

 

これだけでも見る価値は十二分にある。

 

 

御舟は若い頃からその才能が認められており、しかし新たな技法や画材などの研究もずっとしていたらしく、時代によって画風もどんどん変えていったことでも有名である。

 

そんな彼の画業を象徴するような名言があるのだが、私はそれを観て一気に彼のファンになった。

 

『梯子(はしご)の頂上に登る勇気は貴(とうと)い。さらにそこから降りて来て再び登り返す勇気は更に貴い』

 

守破離ではないが、物事を極めることそれ自体は素晴らしいが、それを捨ててまた別の道を登ろうとすることはもっと素晴らしい、みたいな話である。

 

こうした精神性には痛く共感したものだ。

 

炎舞のような写実的な作品を描く一方で、なんとも不思議な絵も描いている。

速水御舟「翠苔緑芝」

屏風に描かれた非常に大きな作品だが、なんとも幻想的と言うか、浮世離れしているというか、これは一体?とつい考えさせられてしまう。

 

御舟自身も自信作だったようで、この絵は後々の人が見ても面白いと思ってくれるだろう、と言った言葉を残したとか。

 

この絵全体としての面白さもある一方で、独自の技法も炸裂している。

 

画像ではわからないが、紫陽花の花の彩色において、独特の技法が用いられているのだが、このやり方については明らかになっておらず、御舟も誰にも教えなかってと言われているらしい。

 

絵の具に火を入れているのではないかとか研究はされているらしいが、絵を描くための技だけでなく、こうした技法も含めて表現を追求した人であったらしいね。

 

他にも静物画も多く描いているが、どれも唸るような作品ばかりだ。

 

ある同時代の画家は、彼の技術の何番の位置かでもいいから欲しいと言ったそうだ。

 

そんな才能にも努力にも溢れた彼は、残念ながら40歳くらいで亡くなっている。

 

日本画家の人って長生きする人が多いと言われているが、その半分にも満たない生涯であったのは悔やまれることである。

 

 

そんな彼の弟子が吉田善彦さんと言う人だが、この人はこの人で独自の技法を編み出して、それが吉田式などと称されるほど独自な方面で活躍した人だそうだ。

 

私はこの展覧会で初めて知ったのだけど、作風はそこまで御舟によるわけでもなく、写実性や絵に対する態度みたいなところを強く受け継いだのかな、と思って次第だ。

吉田善彦「大仏殿春雪」

点描なども取り入れており、印象派の絵画のようだ。

この吉田さんの確立した吉田式というのは、金屏風の下地をシワクチャにしたものの上から描いていくような技法になるらしいが、うっすらと金色が透けており、また表面を引っ掻いたりすることで隙間からより鮮明に金地が見えることで独特な煌びやかさを見せるのである。

 

総じて淡い色合いは、モネのようでもあるかもね。

吉田善彦「桂垣」

こちらも代表作とのことだが、画像だとはっきり見えない。

 

やはり本物を見てこそである。

 

微かな凹凸も含めた表現のため、足を運んでこそである。

 

速水御舟と音楽と 

そんな超技巧派な2人と音楽を考えると、こんな音楽はどうだろうか。


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日本のポストロック代表、toeである。

 

一聴するとシンプルながら、実はメンバー全員べらぼうに演奏が上手いことでも有名である。

 

彼らはそれぞれ会社をやったりエンジニアをやったりと、バンド以外にも仕事をしているためそんなに練習時間もじっくりと取れないのだけど、ライブではほぼ練習なしでも完璧な演奏をしてみせるのだとか。

 

自分たちの曲とはいえ、大抵の人はちゃんと練習しないとなかなかそうはうまくいくまい。

 

とはいえそれは背景の話なので分かりづらいと思うが、ひとまずはドラムの人に注目してみてほしい。

 

柏倉さんという人なのだけど、この人のドラムは歌うドラムとも言われており、大半がインストで歌のない曲の中で、彼のドラムがまるで歌のように響いている。

 

テクニカルなところはいろいろ語れるものらしいが、素人が聞いてもおお!?と思うのではないだろうか。

 

そうかといって過剰にテクニカルによっていくわけではなく、あくまで表現するための手段としてのテクニックというところがミソだ。

 

彼らのファンは世界中にいる。

 

 

まとめ

テクニカルなことはときに批判の対象にもなる。

 

技術に溺れて本質がないのではないかという話だ。

 

しかし、そうはいってもテクニックはある方がいいに決まっている。

 

そのことでできることは間違いなく広がるからね。

 

展示会は終わってしまったが、山種美術館のコレクションになっているので、折りに触れてまた展示されるだろうから、断片的にでもぜひ見てみてほしい作家である。

 

 

 

 

 

福田美蘭展 千葉市美コレクション遊覧

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私は先月後半は転職に伴う有給消化で、短いながらに悠々たる日々を送っていた。

 

と言いながら、割と日々予定があり、土曜は昼間は寝ていたが夕方は友人と音楽ライブ、日曜はまったりしつつ美術館へ(こちらもまた書かねば)、昨日は次の職場へ赴き午後からずっと色々の話を聞いたりしていたが。

 

まぁ、気が抜けている段階で既に休日か。

 

ともあれ、午前は久しぶりに少し運動をして、昼前に外出、以前住んでいてところにほど近い通いだった店で飯を食い、そのまま千葉市美術館へ行ってきた。

 

都内に越してからは移動時間もかかるため、割と心しての移動だが、大学入学時からほんの6年くらい前までは千葉に住んでいたため、割と昔馴染みの土地であり、また図らずも高校時代に一度部活の大会できたのも千葉駅辺りだったので、なんとなくそんな思い入れや思い出のある地である。

 

別に何があるわけでもないエリアだが、そこはかとない街の景観こそがそれを感じさせるというもの。

 

といいつつ大分時間も経っているので景観は変わっており、駅はすっかり改修されて久しく出口がわからない。

 

またパルコも既にビルごと取り壊されている。

 

大学時代によく通っていたし、なんなら高校時代に来たのもここで、タワレコ頭脳警察King Crimsonを買ったのはいい思い出である。

 

しかし、時の流れは絶えずして、気がつけばそんな有様だ。

 

諸行無常

 

ともあれ、今は私は全く知らなかったが、福田美蘭という人の個展、観るに日本画の方だらうか、などと言いながら馳せ参じた。

 

福田美蘭展 千葉市美コレクション遊覧

失礼ながら存じ上げなかったが、まだまだ現役の方なんですね。

 

日本画や浮世絵などをモチーフに、想像からひと手間加えて、言うなればリミックスしたような作品である。

 

【開催概要】

福田美蘭(1963-)は、東京藝術大学を卒業後、最年少での安井賞や国際展での受賞等、国内外での活躍を通して独自の作風を切り拓き、絵画の新たな可能性に挑戦し続けています。人びとの固定観念を覆し、新たなものの見方や考え方を提案する福田の芸術は、単なる絵画という枠にとどまらず、豊かな発想力によって独自の展開を遂げてきました。
 これまでも日本美術をもとにイメージを広げた作品を多く発表してきた福田ですが、本展では、千葉市美術館のコレクションから、自らが選定した江戸から明治時代の美術をきっかけに、新たに創作された作品を中心に展示します。(略)この作家の新作とともに、発想元となった千葉市美術館のコレクションも同時に展観いたします。
 本展は、2001年の世田谷美術館、2013年の東京都美術館以来の大規模な個展となります。福田の飽くなき探究心をもって制作された作品を通して、コレクションの意義を見直すとともに、美術館という場における私たちの体験そのものを問い直す契機になればと願っています。

【開催期間】

2021年10月2日[土] – 12月19日[日]

出典:https://www.ccma-net.jp/exhibitions/special/21-10-2-12-19/

 

正直はじめのうちはあまり意味が分からなかったが、ご本人による解説も見ていく中でなるほどそういうことかとわかってくる。

 

そもそもご本人の弁であるわけで、おかげでこの作品はどんな着想で制作したのかというのは興味深い。

 

その解説も読んでいる中で思ったのは、いい意味でのゆるさというか、この人の発想なんかが面白く、つい途中から笑いながら見るハメに。

 

絶妙にふざけている。

 

個人的見どころ

千葉市美術館収蔵のコレクションから本人自ら選出したという作品群は、総じて浮世絵をモチーフにしたものが多い。

 

例えばこちら。

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「けむたい」

左側は月岡芳年という人の「けむたい」という版画作品だが、こちらを元に制作されたのがみ右側の作品である。

 

一見模写かと思われるが、よく見ると煙の形が五輪マークになっている。

 

この作品はまさに東京オリンピックの開催の是非が語らえれていた頃に制作されたので、コロナのおかげで政治家にとっても世間にとっても煙たい存在になってしまったことを皮肉っている。

 

こちら以外にも五輪をモチーフにした作品はあるんだけど、ズバリが画像で見つからなかったので元ネタのみ紹介。

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月岡芳年「松竹梅湯嶋掛額(八百屋お七)」

恋に狂った八百屋のお七という娘が、恋人に会いたい一心で江戸に火を放ったという大事件を扱った作品だが、こちらも東京五輪と組み合わせた大作を展示しているので、ぜひチェックしてみてほしい。

 

 

浮世絵だけでなく、水墨画をモチーフにした作品も多く発表しているが、こちらは浮世絵以上に渋い表現なのでぱっと見でわかりづらい分、背景を理解すると殊更コミカルに映るのが面白い。

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こちらは蘇我蕭白の作品をモチーフにしているが、本来は力強い獅子のはずがはたはたとはためく蝶に怯えているという元々コミカルな作品だが、こちらは屏風なっている。

 

屏風は3つ折りになっているので、しまうときには絵画面が接するようになるのだけど、この獅子の面についてはそうして畳むときに蝶と獅子はさらに接近して、獅子にとっては蝶がさらに迫っている状態になる。

 

そこで、畳まれた時の場所に蝶を書き込んだのが福田氏の作品だが、こちらは絵画の中の物語と屏風というそことは別の世界線をつなげたメタ的な視点の表現である。

 

この絵を眺めているときに、畳んだらもっと近くなって気の毒だな、と思ったところからの着想だそうな。

 

ちなみに画像はもとの絵の画像なので、ご容赦願いたい。

 

そのほかにも春夏秋冬の風景を描いた作品の中に文字を忍び込ませてみたり、琳派のエッセンスだけを取り出して現代的、というかなんというか、ともあれその表現のためにほうれん草を並べた絵をとってみたり、いずれも視点が絶妙にふざけている。

 

本人が本当にふざけているのかは知らないが、思わずふふふとなってしまう作品である。

 

正直絵だけを見たときには一瞬よくわからないものも多いのだが、丁寧に本人の解説がついているのでそちらも合わせて見ていくと3倍は面白いだろう。

 

展示の最後にはこんな作品が。

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「十三代目市川團十郎白猿襲名披露 口上」

東京五輪でも海老蔵さん(もう名前は変わっているが)が睨みを効かせるパフォーマンスをして、各所で疑問の声も上がったわけだが、こちらはその睨みを描いた作品。

 

さまざまな厄災を振り払うといった意味があるらしく、しかしこちらは誰がやってもいいものではなく、いわば一子相伝

 

團十郎だけが許されたものであるため、開会式でも後継者である海老蔵さんが登場したというわけだそうな。

 

こちらの作品は、このコロナの厄災を振り払ってくれ!といった思いでえがかれた作品で、なかなかリアルで拝むことは難しいからせめて絵画にてというわけだ。

 

面白いのは、この絵の傍には目元だけを切り取った葉書サイズの印刷があり、「お守りとしてご自由にお持ちください」と書かれてある。

 

実にユーモラスだ。

 

 

福田美蘭と音楽と

さて、そんな福田美蘭と音楽を考えてみると、こちらなどどうだろうか。


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本当はVo酒井さんのやっているthe juicy looksがあるとよかったがなかったのでこちらで。

 

mooolsは知る人ぞ知る日本のオルタナロックの雄で、その交友録は国内外問わず広い。

 

ブッチャーズ世代の少し後輩に当たるそうだが、その界隈ではかなり評価も高いのだけど、一般への認知と人気は残念ながらそれほど高くないというのが実際だ。

 

しかし、楽曲はすべからく素晴らしく、特に彼の書く詞は詩集が出るくらい文学的なものも多い。

 

他方でどう考えてもただふざけているだけとしか思えないものもあるので、聴いていて楽しくなってくる。

 

そしてthe juicy looksではTシャツのおまけとしてCDをつけているのだけど、さまざまな音楽を元ネタに絶妙に変換した作品を収録している。

 

まあ、著作権の関係でリリースは難しいだろうが、その一部はこうしてYoutubeで聴くことができる。

 

こちらはかのDaftpunkの"Get Lucky"のカバー?だが、歌詞は意味不明だ。

 

先日the juicy looksのリリースイベントでは自ら楽曲解説がなされたが、そうして聴くとなるほどそういうことかということがあり、また違った形で作品を楽しむきっかけになっている。

 

表現は製作者の意図とは独立して受け取る側の多様な解釈を生むものであるのでそれはそれとして楽しむものではあるにせよ、やはり制作者の思いはそれとして聴いてみたいものである。

 

それにより、なるほどそういう見方があるのか、といった作品そのもの以外に制作者、アーティストの目線を推し量れるのも面白いのである。

 

コミカルな表現や、ふざけていることは世の中的には真面目に受け止められなかったり、ともすれば批判的に受け取られることもあるけど、本質的にはそれはそれとして真面目な表現のひとつではないかと個人的には思っている。

 

なにが言いたいか伝わるだろうか・・・。

 

 

まとめ

芸術は本来高尚なものでもないし、一部の特権階級のためのものではない。

 

上手い下手はあるし、やっぱり表現することが上手な人はいるからそれが才能と呼ばれるのだろう。

 

とはいえ、作品自体に落とし込まれたときに勉強しないと理解できないばかりではなく、パッとみてなんとなくでも面白いが入り口で十分である。

 

勉強すればもっと面白くなるだけなので、だから色々と掘り下げたくもなるわけだ。

 

こちらの展覧会は12月半ばまでやっているので、冷やかし半分でぜひ覗いてみてほしい。

 

単純に鮮やかさもあったりポップさも満載なので、普段絵画なんて見ないわ、という人でも楽しめると思う。

番外編2 -富山をウロウロする

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前日に引き続き北陸にて、今日は富山県である。

 

前日に入り、例によって夜はフラフラと飲み屋を探す。

 

私の方針として、必ずしも特産物を食べたいわけではなく、その土地土地の地場のお店であれば良いのだ。

 

むしろ観光化された名産よりも、よほどその方が美味しいものにありつける。

 

と言って入ったのは焼き鳥屋、本当は他に入ろうと思った店があったのだが、満席の様子だったので。

 

とはいえこの店も全然悪くなく、まあ特別美味いというわけでもないが生はしっかりと冷えており、いい感じに放っておいてくれて丁度いい。

 

なんとなく頼んだいたわさが、やたらしっかりした蒲鉾だったのだが、これは特産品らしいね。

 

歯応えがしっかりしていてびっくりだ。

 

それにしても、いつ頃からかすっかり胃が小さくなってしまっており、そんなに量が食べられないのが口惜しい。

 

とはいえ満腹に食べられるのは良いことだ。

 

 

飯を食べてからは、良いさましも兼ねて富山城公園へ。

 

多分8年かそこら前に一度出張で富山にはきたことがあったが、その時以上にお城の形をしたただの公園になっている。

 

時間にして確か21時前だったが、既に人気も少なく、驚くほど静かであった。

 

ちなみに飲み屋でも隣席のグループが話している声を聞くともなく聞いていたが、みんな20時までに飲み終えて帰宅することが既に習慣化しているそうだ。

 

普段仕事をしていると、それくらいまでやっているのが普通で、むしろそこから飲み始めるのが当たり前の感覚なので、ちょっと驚いたくらいだ。

 

ともあれ、お陰で暗がりの中、しばらく空なんぞをみながらぼーっとしたのだけど、これが存外いい時間となった。

 

そもそもこういう時がほしくて私はウロウロしていたのであったと。

 

その時一筋の流れ星が見えた。

 

初めてみたな。

 

そんなこんなで宿に戻って、サウナと風呂にはいつまでこの日は就寝。

 

 

翌日は朝からまたウロウロ。

 

まずはガラス美術館へ。

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ガラス工芸についてはちょいちょい展示の中に入っているものを見る程度であったが、今まさに現役の人たちの作品を、これだけまとまった単位で見るのは初めてである。

 

ガラスなんて、私にとっては食器でしかなかったのだが、これがみているとなかなかに面白い。

 

オブジェというか、ガラス芸術という感じなんだろうけど、いわゆるガラスの感じと全然違うテクスチャを見せたり、繊維のような見せ方や中には布とか発泡スチロールのような質感になっているものまでさまざま。

 

吹き方とか彩色といった技術的な要素もさることながら、ガラスの種類もいろいろあるらしく、それによっても具合が変わるのだそうだ。

 

複数のレイヤーを作って、階層的な光を見出すなどは観ていてシンプルに綺麗だなと思ったし、これどういう構成かしら?ということも多方面からつい眺めてしまう。

 

そうすると、なるほどここにこうやって色をつけるとこう見えるのかとか、光の入り方でもだいぶ違うぞとか、そういうのが面白いね。

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こちらは小島有香子さんという人の作品だそうだが、このミニチュアがあったらぜひ飾りたい一品だ。

 

ちなみにショップで彼女の作品を使ったアクセサリーがあったのだけど、シンプルな造形と光の具合でキラキラする感じなど品があってよかった。

 

嫁や彼女にはこういうのが似合う人が、多分好きだ。

 

また、名前を忘れてしまったのが口惜しいが、多層的にガラスを重ねた各レイヤーにそれぞれクレーターのようにくぼみをつけたような、見た目は水瓶のような作品があったのだが、これもよかった。

 

上から見るとクレーターの影で水滴が落ちていくような見え方になり神秘的。

 

多分写真で見ても本質は伝わらず、適切な照明のある環境でこそ真価が伝わるものだろう。

 

絵画でもなんでもそうだけど、やはり芸術は直に触れてこそだ。

 

なんとなく立ち寄っただけだったが、思った以上に楽しめた。

 

ちなみにこの建物はかの隈研吾さんが設計したもので、建物自体もオシャレでした。

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美術館を出ると、駅を経由して海辺らへ。

 

路面電車に揺られながらというのもいいですね。

 

今日のテーマはあえて何もしない、ということなので、何もなさそうなところへ。

 

と言いつつ調べたら一応観光ポイントはあったので見てみる。

 

岩瀬浜というところだが、ここはわずかながら昔ながらの街並みを残しており、地元の名士の家を中心に古い街並みを見ることができる。

 

この中に銀行があるのだが、その佇まいがナイスだった。

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ちなみに中は見慣れたいつもの銀行だった。

 

 

ほんの百数十メートル程度なのですぐに通り過ぎると、お腹も減ってので通りにある飯屋で昼食。

 

食べ終えるとそのまま改めて海岸へ。

 

海水浴場になっているエリアのようだが、季節は既に秋だ。

 

すっかり閑散としたところだが、丁度座るにも良さそうなポイントを見つけてしばし惚ける。

 

周りにはトンビやカモメ、そしてカラスにスズメと様々な鳥が飛んでいたが、たまにすぐ近くを飛翔するのでなかなかの迫力である。

 

と、不意に2羽のカモメが近づいてきた。

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本当は動画も撮ったのだけど、何かを期待するように近づいてきて、その後1羽は私が去るまでずっと2mほどの距離のところにいた。

 

君はひょっとして何かの生まれ変わりだろうか。

 

そんなイベントもありながら、小一時間ほどゆっくりして駅へと帰ったのであった。

 

 

そんなわけで東京への新幹線を待ちながらせっせと書いているが、幸い天気も良くて、いい感じにリフレッシュもできた。

 

やはりたまにはこうして見知らぬ風景の中を歩くことも大事だよね。

 

たまに思いついたように奥多摩へ出かけることはあったが、全く違う景色を行くのもまた一興。

 

特に最近は美術館であればとりあえず覗くということも楽しいので、どこに行ってもそれなりに楽しめるのである。

 

来週からは新しい職場になるので、残りの休みで整えて、準備していこう。

 

楽しい2日半でした。

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番外編1 -兼六園をウロウロする

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現在絶賛有給消化中のため、思いつきで実家からの足で金沢へ。

 

昔に行ったことがあったかもしれないが、記憶にはないエリアである。

 

金沢は石川県にある、というのはご存知だろうか、などと言ったら怒られそうだが、しれっと金沢と冒頭から書いてしまった。

 

ともあれ、普段は美術作品についてあれこれ書いているのだけど、たまには景勝地についても書いてみよう。

 

とか言いながらただの旅日記だろうが、まぁいいだろう。

 

 

夕方頃に現地入りしたため、その日はとりあえずどこかで飲むということだけを決めていた。

 

温泉、サウナ付きの宿を取ったので、それも一つの楽しみ。

 

在職中は忙しくて気がつけば太ってるわ目が痛いわ腰も肩も痛いわで、健康的にも良くなかったのでリフレッシュだ。

 

 

ともあれまずはホテル周辺をフラフラしながら、ふと目に入ったおでん屋へ。

 

時間はまだ17時になったばかりだ。

 

既に客も入っており、調べるとそこそこ有名店らしい。

 

おでんが金沢の名物の一つらしいので、ちょうどええやんけと。

 

おでんの高砂という、愛想があるんだからないんだから絶妙な大将がいるが、ともあれいくつかチョイスして食べながらビールで流し込む。

 

これが悪くない。

 

大食漢でもないのでそんなにたくさんは食べられないが、ともあれ王道から地のものまでいくつか食べたものはいずれも美味しかった。

 

1時間半くらい飲んでいたが、すっかり腹一杯だ。

 

その足で腹ごなしもしながら川縁をしばしウロウロ。

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雨が降ってないと良かったんだけどね。

 

 

宿に戻って暫くはまったり過ごして、少し落ち着いた頃合いを見てサウナ&風呂へ。

 

実はサウナ初めてなのだが、正直だいぶ削られ、整うまでには至らなかった。

 

とはいえ温泉に浸かりながらしばしいい気分だ。

 

で、風呂から出るとラーメンが食べたくなったので再び外出、時間は夜9時くらいだが、驚いたことに店がほとんど閉まっている。

 

一応事前に調べて行ったのだが、悉く閉まっておりガッカリさん。

 

ようやく見つけたのはかなりコッテリ系だったが、まあ現地にある店ならばとそこに入る。

 

いわゆる二郎系的なやつが売りらしいが、さすがに1番あっさり目のやつを食べてきた。

 

帰りはまたユラユラしながらだったが、あの辺りは加賀百万石、前田家の領地にてまだ武家街の佇まいが幾らか残っている。

 

街灯の灯に照らされた街を見て1人ふむふむとか言ってみる。

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でも綺麗でしたね。

 

 

翌日は朝から近くの市場で朝食。

 

美味しい海鮮丼をモリモリ食べて、コーヒーなんぞを飲んでから出立、コロコロを弾きながら兼六園を目指す。

 

経路的にまずは金沢城を経由、コロコロが重いし煩い。

 

前日は雨だったがこの日は快晴、めちゃいい天気だ。

 

せめてそれだけが幸いか。

 

コロコロは重たいが景色は晴れやか、さすが大名のお膝元、いい塩梅だ。

 

修学旅行か遠足か知らないが、小学生や中学生の集団も。

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雲もいい感じでしょ。

 

 

段々足は重くなっていくが、ようやくコインロッカーを見つけてそこに荷物をぶち込むと、とても足も軽やか。

 

晴れて兼六園はひょいひょいと回ることができた。

 

それにしても大きいね、兼六園

 

平日にも関わらず結構人出もある。

 

カップルと家族ばかりなので、少しだけ寂しい気持ちにもなったが、むしろこれから頑張ろうという刺激として受け取る。

 

修学旅行かなにかの集団ともすれ違いながら、一人で頭と唸ってみる。

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穏やかに晴れているので、水面に映る景色もクッキリと、まるでモネの絵のようではないだろうか、だろうか。

 

最近日本美術もよくみるので、つい浮世絵的な構図も意識したりしてね。

 

中にはしばしば茶屋もあったので、そこで休みながらあんころ餅を食う。

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名物と謳われていたが本当だろうか、まぁ割と街のところもギュッとしてて旨かったが。

 

林があったり池があったり、時には大木もあったりと、なかなか飽きさせない構成になっている、が、おそらく植えた当時はまさか支えがないと立ち行かないほどに成長するはとは思っていなかったのではないだろうか。

 

中にはスッと真っ直ぐに立つ木もあり、やはりつい目がいってしまう。

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どっかのおじいちゃんが木に負けじと力強く立っていたので、つい撮ったしまった。

 

顔は写していないので景色の一つとしてご容赦願いたい。

 

 

それから重要文化財にもなっている前田家の邸宅も観てみる。

 

こんな広い家、いいよねとか思いつつ、そもそも庭の規模がヤバいんだったとか1人でブツブツ言いながら眺める。

 

日本家屋はやはりデザイン的にも良いよね。

 

何より庭がいいね。

 

そもそも庭の中にある家の庭て。。

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ほぼほぼ観終わったので、静かに帰路につきつつ、やっぱ長いなとか思いがら頑張るのであった。

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それから本当は21世紀美術館とやらに立ち寄ろうとしたのだけど、回り方を間違えて入口が見つからず、そこで図らずも目に入った能楽美術館に立ち寄ってしまった。

 

最近になり日本絵画は楽しんでみているが、その派生とばかりに他の伝統芸能にも徐々に興味を示し始めているが、そんな中で能と歌舞伎も近々観たいなと思っていたところであった。

 

幸い人気もないので、これ一つと。

 

能の人間国宝の人にまつわる企画展をやっていたのだが、正直よくわからなかった。

 

それでも、能面の役割や意味などは垣間見ることもできたし、それによりやっぱり一度は観てみたいなと思ったのであった。

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すっかり疲れ切った私は、ひとまず駅まで行って、昼飯に現地のラーメンを食べて、そのまま富山県へ入った。

 

特に目的はなくて、ただなんとなくなので翌日の予定はまだないが、とりあえず酒を飲みながらこれを書いている。

 

いずれにせよ明日には東京へ戻るので、せめてゆっくり過ごしたいところである。

 

 

なんだかバタバタしているが、それでもたまにはこうして違う景色の中でゆるりと過ごすのも良いですね。

 

まだまだみていないところは沢山あるので、次は誰かと来れると良いよね。

 

酔いが覚めたら風呂入ってまた飲み直そう。

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蘇我蕭白奇想ここに極めり

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私は現在転職に伴う有休消化により、少しくゆっくりした日々を送っている。

 

それで帰省もしようかしら、と言って旅に出てみたりもしているが、その一環で普段出向かない美術館にも行ってみようと足を伸ばしてみた。

 

そこで赴いたのが、名古屋にある愛知県美術館というところ、ちょうど蘇我蕭白の展覧会を催しており、以前に上野で少しだけみたことあったが、個展としては初めてと言うこともあり、いったろうやないかというわけだ。

 

美術展そのものももちろん面白いし、それが本懐であるのは間違いないが、美術館そのものの魅力もやっぱりあるものだ。

 

そもそも蘇我蕭白という人は、元はといえば奇想の画家として紹介されたことに端を発し、今では世界的にも有名な伊藤若冲らとともに、昭和のある研究者により見出されたことが注目をされる様になった端緒である。

 

その画風はグロテスク、しかし確かな実力を示すものを持っていたからこそ、今日に至るも注目されているという訳だ。

 

断片的には方々で紹介されていた存在だが、図らずもまとまって見る機会とあらば、ぜひにとなるわけさ。

 

奇想ここに極めり

【開催概要】

力強い筆墨と極彩色で超現実的な世界を描き出した曽我蕭白(1730-81)のあくの強い画面は、グロテスクでありながらおかしみもたたえ、見る人をひきつけて止みません。本展では、強烈な印象を与える蕭白の醜怪な表現を紹介すると共に、その原点となった桃山時代の絵画、そして江戸時代初期の絵画との関係を掘り下げることで、蕭白がいかにして型を破り、奇矯な画風を打ち立てたのかを明らかにし、また晩年の作品への変化を通して画業の到達点を見定めます。

【開催期間】

10/31-11/21

出典:https://static.chunichi.co.jp/chunichi/pages/event/soga_shohaku/

 

得てして変態と呼ばれる人は、ただ単に同時代での無理解が故であったりするものだ。

 

およそ芸術がそれを超越する存在であれば、だからこそ今日に評価される事もあろう。

 

まあ、彼の作品は今見てもまあまあグロテスクであり、他方では何かの本質を捉えているようにも感じられる。

 

それも作品としての魅力であるわけで、そうして人により評価が割れるからこそ今日的にもなお興味を誘う存在なのだろう。

 

個人的見どころ

この展覧会では初期から晩年の作品まで、さすが個展といった感じで網羅されており、その作風の変化を追えるのも面白い。

 

彼の代表作といえば、やはり面妖な人物を描いたものたちであろう。

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群仙図屏風

冒頭に展示されている作品だが、水墨画が多く紹介される中でかなり彩色も鮮やかな作品。

 

仙人たちの顔がいかにも面妖だが、何より子供が可愛くない。

 

他の作品を見ればわかるが、どうしてもこうとしか描けない訳ではないのである。

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雪山童子

こちらも上野でも展示されていた作品だが、こちらは割と子供らしい子供だと思う。

 

仏教画としてはなかなかアバンギャルドなものらしいが、鬼の青と童子の赤い衣の対比も鮮やかである。

 

動物の絵にしても同様で、この人はべらぼうに絵が上手いので写実的にも描けるはずなのだが、敢えて気色悪く描いているのかしら、というものも多くみられる。

 

最初の絵においても、右端の方に天女?と蝦蟇仙人が描かれているが、その傍らに爬虫類の如きが描かれているのだけど、こいつがまた気持ち悪い。

 

是非拡大してみてみてほしい。

 

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唐獅子図

こちらは有名な作品だが、独特のタッチながら迫力のある力強い絵である。

 

彼の水墨画は線も太く、濃淡のはっきりしたものが多いのだが、そうかと思えば枝葉の描き方はとても繊細で合ったりするため、そうした対比もおもしろい。

 

中にはとてもコミカルというか、親しみやすかったり可愛らしかったりするものもある。

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石橋図

こちらは獅子の群れが石橋を渡らんとしているところだが、顔の基本は先の唐獅子同様で迫力があるが、あの中の文脈のせいかなんだか情けないように見える奴もいて面白い。

 

また勢いよく登るもの、びびってる風なもの、落っこちていくものなどさまざまおり、そうした躍動感も見どころだ。

 

この人は絵を描くのが好きだったんだろうなというのをなんとなく感じるような楽しい絵であらように思う。

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山水図

ダイナミックな絵が目を引く一方で、山水画と呼ばれるいわゆる風景画は、輪郭線もはっきりしており、ある程度補修されているところはあるにせよ、非常に几帳面さすら感じるものが多い。

 

同じ画家の作品なのかと訝る思いだ。

 

 

奇想の画家と紹介されたことで、ある種強烈な絵が代表作として紹介されるが、一連を見ながら感じたのは彼なりに何か本質を描こうとしたのかな、ということである。

 

詳しい解説とかはあんまり読んでないので的外れかもしれないが、可愛くない子供や醜悪とすら言える老人たち、他方で絵面自体は大きく変わらないはずなのにどこかほっこりする場面も多く描かれており、そこに一面的でない、また絵画表現というものがあるように思うのである。

 

展示作品も多く、彼の師匠と考えられている人の作品も展示されておりボリューム満点である。

 

期間中2回も展示替えがあるというが、流石にただ足を運ぶのが難しいのが悔やまれる。

 

蘇我蕭白と音楽と

面妖さとある種露悪的、しかし抜群のセンスも技術もあるからこんな人はどうだろうか。


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エイフェックスツイン window ricker

 

ご存知アンビエントテクノの御大、Aphex Twin である。

 

露悪的なものを選ぶとしたら、やはりこの"Window Licker"だろう。

 

曲そのものはスタイリッシュでもあるが、しかしこの映像の気色悪さよ。

 

観る人を嫌な気持ちにさせるための表現ではないだろうか。

 

ナイスバディな女性の顔がみんなAphex Twinの顔になっている。

 

彼はしばしば自分の顔をコラージュしたようなアートワークを作っているが、笑顔の歪んだジャケットはとても有名だし、別の曲では子供の顔がみんなこうなってる。

 

かといってそんな表現ばかりでもなく、むしろロゴはめちゃスタイリッシュでかっこいいし、アルバムごとにもジャズ的な要素を入れたものもあるし、時には別名義でしれっとリリースして世間を騒がしたりしている。

 

また人物に触れても奇人との評判がもっぱらで、テレビの砂嵐の楽しみ方をビョークに説いたとか、ライブ中犬小屋に入っていてずっと出てこないとか、それどころか本人ではなかったのではないかとか、戦車を買ったとか、何かとエピソードも満載である。

 

数年前のフジロックで来日したが、その時のパフォーマンスは謎にマニアックでコミカルながら不気味な映像が話題をさらった。

 

しかし、本質は非常に素晴らしい音楽家で、息をするように曲を作っているような人であるらしい。

 

好きこそ物の上手なれ、変態くらいがちょうどいいのかもしれない。

 

まとめ

わかりやすさは必ずしも親しみやすさではない。

 

見た目に美しいばかりが美しさでもない。

 

 

 

 

刀剣 もののふの心

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都内で日本美術を専門的に扱っている美術館は何箇所かはあるのだけど、よく私が足を運んでいるのが恵比寿にある山種美術館である。

 

山崎種二さんの作ったところで、当時の日本画家とも交流があったそうなので、自身に送られた作品も含めて多く収蔵している。

 

また重要文化財も多くコレクションしており、速水御舟の「炎舞」も持っており、定期的にお披露目されている。

 

今まさに開催中の企画展が速水御舟なので、来週辺りに行こうかと思っている。

 

で、そのほかで最近よく足を運ぶのがサントリー美術館だ。

 

六本木のミッドタウンの中にあるので、行くたびにセレブな人やセレブに憧れる人とすれ違いながら向かうわけだが、存外煩くないし、広くて綺麗でゆったりみられるのでいい美術館である。

 

カフェも併設しているのでおされな人たちもよくいるが、ともあれやっぱり美術館はゆったり感が大事だ。

 

そんなサントリー美術館では現在刀を中心にした展示を行なっている。

 

忙しくて書きそびれてしまったが、この一つ前に開催されていた「ざわつく日本美術展」でも数点展示されており、私はそれまでちゃんと刀って見たことがなかったんだけど、なんたら美しいのかと感動してしまった。

 

昔からゲームで刀を武器にするキャラクタが好きだし、やっぱり憧れてしまう武器だ。

 

銃よりも色気もあるしな。

 

まあ、昔の戦場にあって色気もクソもないわけだが、やはり日本刀というのはその芸術性もあっていいですよね。

 

なので、勇んで出かけてきました。

 

刀剣 もののふの心

今回の企画展では刀を中心としつつも戦国の風景を描いた絵や、刀身だけでなく鞘や鍔といった装飾品なども展示しているので、タイトル通り戦国時代のあれこれも見られるのが面白いところだ。

【開催概要】

我が国では、刀工の優れた工芸技術と武家の美意識を背景として、古代、中世以降、様々な名刀が生み出されてきました。近年、日本美術に対する関心が高まる中で、とくに刀剣は注目を集める分野と言えましょう。
(中略)当館が開催してきた展覧会においても、歴史に名を連ねる武将に関連する美術や史料を多数展示してきましたが、刀剣や甲冑武具こそは、言うまでもなく武家の人生や暮らしにおいて大切にされた根幹を成すものであったと言えます。
この展覧会では、京都や近畿を中心に、由緒正しい神社や崇敬を集めてきた寺院に奉納され、伝来した貴重な刀剣を一堂に集め展示します。それぞれの刀剣には、所持した武将とその英雄譚、鍛え上げた刀工、守り伝えた人々などについて、様々な伝承が大切に受け継がれてきました。(中略)

今回の展示では、これらの刀剣にまつわる伝説についても、絵画や史料も加えてその意義を深く掘り下げます。さらに、臨場感あふれる主要な合戦絵巻や屛風によって戦に赴く武家のいでたちをご覧いただくとともに、調馬や武術の鍛錬など、日々の暮らしぶりなどにも着目し、武家風俗を描く絵画や史料を展示します。

【開催期間】    
2021年9月15日(水)~10月31日(日)

 

出典:

サントリー美術館 開館60周年記念展 刀剣 もののふの心 サントリー美術館

最初に書いておくが、刀は画像で見ても正直わからない。

 

本物を見てこそなので、絵画同様現地で見た方が圧倒的に面白い。

 

また戦国時代の武将なんかも登場するので、是非BGMにはコテンラジオの武士の回を合わせて見てみて欲しい。


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個人的見所

実際の戦いってのはどんなだったんだろうね、というと、もはや文献なり当時の絵画なりでしか知る由もないが、なんとなくイメージする合戦だと、鎧を纏った歩兵が刀を持ってワーーーっと走っているみたいなイメージだろうか。

 

あるいは武蔵対小次郎よろしく1対1の果たし合いなれば剣道のような感じかもしれない。

 

といっても、漫画で描かれるほど鮮やかでもなければ潔くもないのが戦場というものらしく、実際はやっぱり血生臭くておどろおどろしいものだったろう。

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谷文晁「石山寺縁起絵巻」

こちらは戦場というよりは討ち入りというやつか。

 

石山寺に鎧を着込み抜刀した侍がドカドカと入りこみ、寺は炎上している。

 

その炎の様もいかにもおどろおどろしく、しかもイメージする侍的な佇まいよりはよほど荒々しく、野伏といっても疑わない描かれ方だ。

 

綺麗事なんて言えないよね。

 

そんな時代の代表的な武器である刀、当時は武器としてだけではなく、偉い人への献上品としても扱われていたというので、当時からやはり芸術品としての価値もあったのは間違い無いよね。

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重要文化財 太刀 銘 □忠(名物膝丸・薄緑)

こちらは鎌倉時代に作られたもので、重要文化財にも指定されているらしい。

 

13世期なので、今から800年くらい前になるよね。

 

ちなみに1192年が鎌倉幕府の起こりと私が子供の頃は習ったが、今は確か1187年とかと教えられるらしいですね。

 

嶺の辺りに溝があり、形態的にもかっこいい。

 

当然手入れをされているので、本当の意味で当時のままというわけでは無いと思うが、これだけの時代を経てもなおキラリと光るこの刀身は美しい。

 

てか、おそらくこの刀も何人もの人をぶった切ってきたのだろうから、それを思うとなんとも不思議な気持ちにもなる。

 

もっとも、時代劇のように悪漢をバッサバッサと一本の刀で切り倒すことは、現実的には難しいと言われている。

 

理由は、人を切れば当然血糊や脂がつくので、早々に切れ味は落ちるのだとか。

 

だから、あんなに鮮やかにスパスパとやっていくよりは、やっぱりぶった切る的な使い方だったのではないだろうか。

 

桃太郎侍だったか、懐から和紙を出して頭身を拭う様は、史実的なものなのだろうな。

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義元左文字

こちらはかの今川義元が持っていた刀だが、それを織田信長が撃ち倒した際に戦利品として奪った刀だとか。

 

戦国無双では麻呂なキャラでコミカルで浮世離れした設定になっている今川義元だが、海道一の弓取と呼ばれるくらいめちゃくちゃ強い武将であったというのは有名な話だ。

 

そんな義元を信長が破ったのが桶狭間の戦いであるわけだが、最近では研究が進みそのいくさの様もより詳細がわかってきており、どうやらこちらも私が子供の頃に習ったものとは違ったのでは無いか、と言われているとか。

 

映像が残っているわけでも無いので、こうして歴史が変わっていくのも面白いものだ。

 

と、2つ画像を載せた時点で既にあんまり面白く無いので、やっぱり現地で見て欲しい。

 

ジョジョの奇妙な冒険においても、刀に宿ったスタンドが登場しており、その刀の美しさに魅入られたものが乗っ取られて本体になるという呪いのようなスタンドがあるのだが、その気持ちがちょっとわかる思いがする。

 

 

この企画展では先にも書いたとおり、刀だけでなく絵画や甲冑なども展示されており、中には非常に親しみやすいものもある。

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「家康・信玄・謙信家臣図」

こちらは3幅セットのもので、徳川家康武田信玄上杉謙信の主だった家臣を描いた作品である。

作者は不明なようだが、名前もちゃんと書いているのでそれを眺めるのも面白い。

 

また甲冑も、兜だけでなくそれぞれにデザインや防具の作り方も違っておりそれも面白く、また甲冑を作るお店の様を描いた絵画もあり、当時の風俗も見えてくるのが興味深いところだ。

 

戦国といえど日々の暮らしはあるわけで、馬小屋で遊びに興じるオフの武士の姿なども、どうかコミカルな印象で面白い。

 

絵画と実物の展示のバランスもよく、刀などを納めていた箱なども出てくるので、なかなかマニアックでもあるので武具とかにワクワクしてしまう人はぜひ行ってみると面白いと思います。

 

刀と音楽

さて、そんな刀についての音楽としては、いくつか迷ったが素直にこの曲だ。


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2曲続いている映像だが、1曲目の方。

 

日本の誇るロックンロールバンド8otto(オットー)のその名も”KATANA”。

 

このバンド自体、ギター、ベース、ドラムというシンプル編成で、Voはドラムの人だ。

 

Strokesが引き合いに出されることがデビュー当時から多かったが、シンプルでソリッドな音楽はまさに日本刀のような切れ味だ。

 

一時バンド活動を休止しており、それぞれが別の仕事をやっていた時期もあったのだけど、数年前にアルバムとともにカムバック、今は定期的に音楽活動もしながら、なんだか吹っ切れた印象もあっていい感じだ。

 

関西のバンドなので、時勢的になかなかツアーも出られないので東京でのライブがないのが残念だが、ともあれまたきてくれる日を楽しみにしている。

 

ちなみに、Dr/Voの人は天然でアフロになるくらいの人だが、それを整髪剤で抑えて営業をやっていたり、ベースの人は飲食店、ギターのうち一人は僧侶になったりと、みんなそれぞれに暮らしをしながらの音楽をやっている。

 

まとめ

ちゃんと本物の刀を見たのはほぼ初めてだったのだけど、ついきらりとひかる刀身に目を奪われつつ、ただまだまだ見方をわかっているかと言えばそうでもないというのが私の現状だ。

 

しかし、こういうものは何度か見たり、その中で調べたりする中で見えてくるものや見え方も変わってくるので、今後また勉強してみようをと思っている。

 

絵画のような華やかさはないが、侘び寂びと呼ばれるものを感じる静かな輝きは、やっぱり魅力的だなと思わせる企画展でしたね。

 

 

川瀬巴水 旅と郷愁の風景

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日本人は西洋コンプレックスが強いと言われて久しいが、おそらく一定の年齢以上の人は染み付いている価値観の一つだろう。

 

若い子たちを見ているとそんなことはないし、むしろある層においては無関心ですらあるように思う。

 

芸術においても西洋美術がいかにも優れているという感じで語られることも多いように思う。

 

日本の昔ながらの絵に比べ、西洋の写実的な絵の方が見た目にわかりやすくすごいと感じられるので、より優れていると思ってしまいがちだ。

 

私も以前は日本美術はようわからん、西洋美術の方が綺麗だし写実的だし、精緻ですごいじゃないか、と思っていた。

 

しかし、最近ではむしろ日本美術の方が好きかもしれない。

 

いやまあ、どちらがどうと断じることは本質的に無意味であるし、どちらもそれぞれの良さがあるから一概にどうこういうことはナンセンスである。

 

なんなら近代においては浮世絵に影響を受けた印象派の画家たちが多かったわけだし、反対に日本でも西洋画に取り組むものもあれば独自の感性でミクスチャー的な絵画に取り組むものもいて、事は単純な優劣ではないのである。

 

海外の著名人たちもその価値を愛でたという話が伝わるたびに得意げに語られるのは西洋コンプレクスの裏返しでやはり虚しくはなるが、ともあれそれが興味の発端になるならそれも悪くはないだろうか。

 

 

さて、こうして偉そうなことを言ってみたが、私もまだまだ勉強中、しかし日本の近代画家でも鏑木清方速水御舟、渡辺省亭なんかは好きだし、奥村土牛も温かみがあって好きだ。

 

また歌川広重国芳などを要する歌川一門や葛飾北斎東洲斎写楽といった浮世絵もよくみに行くし、最近では新版画と呼ばれるものの存在もようやく認知して、この辺りの作家の展示会も開催していれば観に行くようにしている。

 

興味を持つようになったきっかけは練馬区美術館で開催された電線絵画という企画展だった。

back-to-motif-artlog.hatenablog.com

以前記事にもしたけど、この展覧会は良かったですね。

 

電気が日本に入ってきて、徐々に日本の風景も変わっていく様を電線という切り口で絵画で掘り下げるというなかなかコアな企画だが、非常に面白かった。

 

小林清親という人の絵が多かったが、そこで吉田博や伊藤深水、そして川瀬巴水の名を知ったのだ。

 

ちょうど当時時を同じくして開催されていた吉田博展にも足を運んだが、これもよかったのだ。

back-to-motif-artlog.hatenablog.com

当時私は知らなかったが、それぞれがぞれぞれに版画の新たな可能性を模索しつつ、その作品はとても美しく、海外での評価も非常に高かったそうだ。

 

むしろ当時は創作版画と呼ばれるものと新版画と呼ばれる彼らの間で論争もあったようで、それ故に日本よりも海外での方が活路があったのだろうか。

 

どちらが正しいとかいう話ではないだろうが、結果的により日本独自のものという観点では新版画の方がそれが色濃かったのだろうか。

 

ともあれ、そんな新版画を代表する作家、川瀬巴水はまとまった作品群を是非みたいと思っていたので、今回はまさにこれ好機というわけだ。

 

開催初日に行ってきました。

 

川瀬巴水 旅と郷愁の風景

【開催概要】

大正から昭和にかけて活躍した版画家・川瀬巴水(1883~1957)の回顧展です。巴水は、微風に誘われ、太陽や雲、雨を友として旅に暮らし、庶民の生活が息づく四季折々の風景を生涯描き続けました。(中略)その版画制作を支えたのが、浮世絵版画にかわる新しい時代の版画《新版画》を推進した版元の渡邊庄三郎でした。二人の強固な制作欲は、海外にも通用する木版「美」の構築をめざし、今や巴水の風景版画は、郷愁や安らぎをもたらす木版画として多くの人々に愛されています。

本展覧会は、初期から晩年までの木版画作品より、まとめて見る機会の少ないシリーズ(連作)を中心に構成し、巴水の世界へ誘います。(略)

【開催期間】

【前期】10月2日(土)~11月14日(日)
【後期】11月17日(水)~12月26日(日)

※出典:【川瀬巴水 旅と郷愁の風景】 | SOMPO美術館

前期後期とあるんですね。

 

通常この美術館では、大体2フロアで展開しているケースが多いのだけど、今回は3フロアを使ってたっぷりと作品を展示。

 

生涯で数百点にも及ぶ作品を残した作家なので、そりゃ展示には困るまいな。

 

いずれにせよボリュームなので、心してみに行くことをお勧めする。

 

個人的見所

彼の絵の全体的なムードとして、侘しさというのがあるように思う。

 

夕暮れや暮れてからの風景を描いていることが多く、概して静かで少し寂しさを感じさせる作品が多いように思う。

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伊香保の夏」

画像だと少し粗いのが難だが、こうした風景画が中心だ。

 

夏の騒がしさよりは、それが少しおさまってくるようなタイミングの風景だろうか。

 

こういう静けさを感じされる絵が好きだ。

 

また夜景を描いた作品も多数描いている。

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夜の深川

こちらは夜なので周囲は暗いにもかかわらず、家の隙間からは眩い光があり、いかにも繁華街か夜の街を描いている。

 

テクスチャを荒く刷って居るのはあえてのようだ。

 

夜空に輝く星の形がなんだか可愛らしい。

 

ちなみに、彼の描く星は全てこの形だ。

 

 

夜景ばかりでなく、いかにも季節の景観といった感じで、風情があっていいなと思ったのがこちらの絵。

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志ほ原雄飛の滝

ちょうど今時分の秋の景観だが、滝の流れと微かに舞う紅葉の色合いがいかにも風流だ。

 

また個人的には雪景色を描いた絵って好きなんだけど、その中でもこの絵は良かった。

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雪に暮るる寺島村

電柱も電線も描かれており、すでに近代日本を表している。

 

しんしんと降り積もる雪の中を人が歩く様、なんだかこういう風情って好きなんですよ。

 

そもそも私は冬という季節が好きで、特にこういった雪景色を見るとすごく静けさみたいなものを感じて、洋の東西を問わず好きなのだ。

 

ちなみに、この企画展のメインビジュアルでも起用されて居る絵も雪景色だが、赤と白と黒という色の組み合わせも好きなので、どうしてもグッときてしまう。

 

そして、やはりというか、私が彼に興味を持ったきっかけにもなった絵も展示されていた。

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新大橋

今の浜町あたりの橋らしいが、時代的にも第2次世界大戦前後の作家なので、今も残る景観を描いている絵も多く残して描いている。

 

浅草や築地本願寺など、今もそのまま残る景色も描いているので、改めて写真と見比べていく中で、絵画的な再構築がいかになされているか、といった視点でも楽しめるかもしれない。

 

また今回は割と静か目な絵をピックアップしているが、春の明るい景色や虹を描いた作品もあり、点数が多いので適度に濃淡をつけながら見る方が楽しめると思うが、その中でも自身の気にいる絵をうろうろしながら探すのも面白いのではないだろうか。

 

川瀬巴水と音楽と

さて、そんな川瀬巴水にマッチしそうな音楽を考えてみるが、こんなのはどうだろうか。


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N’夙川ボーイズの”物語はちと不安定”。

 

一部では評価の高いインディバンド、スリーピースでガレージなラフなロックンロールを展開しているが、どうしようもない日本っぽさみたいなのものを個人的な感じている。

 

この曲の歌詞にも注目だが「こんなふうに僕らは巡り合って、あんな風にtogetherしているなんて」「物語はちと不安定」と謳われる曲だ。

 

この川瀬巴水も実は彼の創作活動において生涯の相棒と呼ぶべき存在があった。

 

それが渡辺庄三郎という人で、浮世絵商であり版画家でもあった人だ。

 

職人気質で真面目な人だったらしいが、彼の後押しもあり海外の活動であったり新版画家(と呼んでいいのか微妙だが)として大成したわけだ。

 

途中、先き描いた論争もあり他の版元と組んで取り組んだこともあったらしいが、最後は彼とやはり組んで作品を作り続け、または巴水さんが亡くなった5年後に彼もなくなったという。

 

結局弟子などもいなかったのかな、後継と言える存在もない中だったらしいが、生涯旅をしながら作品を描きつづけた彼の物語は、ときにちと不安定ながら芸術家としての伴侶も得て、きちんと評価も得たので結構幸福な生涯だったのではないだろうか、なんて思ってしまう。

 

まとめ

彼の作品は海外での評価もたかく、今となれば最も有名なファンはスティーブ・ジョブスだろう。

 

今回の展示会でも、最後の方では彼の作品以外でも、ジョブスが所蔵していた作品をいくつか展示しているし、かのマック初期の頃のリリースでディスプレイに表示されているのは日本の浮世絵だ(川瀬巴水の作品ではないが)。

 

ちなみに吉田博の作品はかのダイアナ妃が気に入って執務室に飾っていたということだ。

 

北斎の影響は言わずもがな、渡辺省亭はフランスだったかに行った際に、エドガー・ドガに絵をプレゼントしており、ドガはそれを大事に保存していたという。

 

本質的に芸術は、自分がいいと思ったものを信じればいいと思うけど、少なくとも海外でも十分評価される表現をしているのが日本の芸術家たちだ。

 

新版画は西洋絵画の影響も受けているのは明らかだと思うけど、それを浮世絵という表現を発展させる形で取り入れて行ったのは日本人的な得意技の一つではないだろうか。

 

今や日本だアメリカだ、海外だ国内だという線引き自体が本質的には意味はない時代になっている。

 

とはいえ、西洋コンプレックスなんてくだらない、洋楽だからかっこいいわけでもない、西洋画だからすごいんじゃない。

 

日本の芸術はそれはそれで素晴らしさ満点だ。

 

2ヶ月くらいは開催しているようなので、是非みに行ってみて欲しい。

 

単純に綺麗で美しい作品は、みていて心が落ちつく。